東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1144号 判決 1970年4月20日
主文
一、原判決のうち控訴人ら敗訴部分を取消す。
二、被控訴人は控訴人鈴木タケに対して金一七二万二、二九二円および(イ)内金一五六万二、二九二円に対する昭和四二年六月五日から、(ロ)内金一六万円に対する昭和四三年二月一日からそれぞれ完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
三、被控訴人は控訴人鈴木久男、同鈴木栄子、同鈴木和枝の三名に対しそれぞれ金一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年六月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
四、控訴人鈴木タケのその余の請求を棄却する。
五、訴訟の総費用はこれを一〇分し、その九を被控訴人の、その余を控訴人鈴木タケの各負担とする。
六、この判決は、主文第二、三項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
控訴人ら代理人は、「一、原判決のうち控訴人ら敗訴部分を取り消す。二、被控訴人は控訴人鈴木タケに対し金二〇〇万円、控訴人鈴木久男、同鈴木栄子、同鈴木和枝に対しそれぞれ金一〇〇万円および右金員に対する昭和四二年六月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに右第二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のうち被控訴人に関する部分と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決三丁裏一一行目に3336.858円」とあるのは、「3336.878円(円位未満切捨、以下これに同じ)」の、同四丁表三行目に「金一八三万六八五八円」とあるのは、「金一八三万六、八七八円」の、同丁表五行目に「金六一万二、二八六円」とあるのは、「金六一万二、二九二円」の、同丁表六行目に「金四〇万八、一九〇円」とあるのは、「金四〇万八、一九五円」の各計数上の明白な誤りであると認めるから、これを更正する)。
(控訴人ら代理人の陳述)
一、本件加害自動車の利用および運行状況は、原判決の認定するほかに、訴外野口誠は被控訴人に雇用されて同人方の事業場構内(本件加害自動車の運行場所)に住みこんでおり、その実働回数に関係なく日給五、〇〇〇円の賃金の支給を受ける約定であつたこと、本件加害自動車の形式的所有名義人であり運転者である右野口が無免許であるところから被控訴人の事業場構内以外では運行し得ないものとされており、その保管場所も右構内と定められていたが、それは単に被控訴人と野口との間の内部的制約にすぎないことなどの事情が明らかである。かような点からみると、本件加害自動車の運行はもつぱら被控訴人の営業のためになされていたのであり、その運行利益および運行支配が被控訴人に帰属することは明らかであるから、被控訴人が右自動車の運行供用者であることはいうまでもない。
二、前述したように、訴外野口誠は被控訴人に運転者として雇用されて(たとえ右野口と被控訴人との間において、被控訴人の事業場構内で稼働運転するという制約があつたとしても、それは内部的主観的制約にすぎない)、被控訴人の事業のために本件加害自動車の運転業務に従事していたものであつて、自動車を運転することは正しく被控訴人のための事業の執行それ自体である。したがつて、仮に右野口が休日に(実際には被控訴人の指示により午前八時頃から午後六時頃まで就業しており休日ではない)、妹を送る途中に惹起した事故であるとしても本件損害が被控訴人の事業の執行に付き生じたものであることは論ずるまでもない。けだし、事業の執行とは主観的に判断さるべきでなく、外形的客観的基準をもつて判断されるべきだからである。
三、上述したとおり、本件損害につき被控訴人に賠償責任のあることは明らかである。もし本件事案において、被控訴人の賠償責任を否定するならば、被控訴人のごとく使用する自動車を形式上すべて従業員の所有名義とすることにより、容易に賠償義務を免れ、自賠法第三条、民法第七一五条の存在を無意味ならしめ、判決の名において脱法行為を教示する結果となり、とうてい是認できないところである。
(証拠の関係)〔略〕
理由
一、〔証拠略〕を総合すると、訴外野口誠がその所有にかかる自家用大型貨物自動車栃一せ六三三八号(以下、ダンプカーという)に乗車運転し、栃木市内を経て粟野町方面に向つて進行中、昭和四二年六月四日午後七時五〇分ごろ栃木市木野地町一八〇番地付近の道路上において、たまたま進行方向前方より進んでくる大型貨物自動車と行きあい、道路の幅員が狭少であつたため一時停車したうえ後退したが、その際ダンプカーの直後で原動機付自転車に乗り一時停止していた訴外鈴木一(大正二年七月一八日生れ)にダンプカーの後部を衝突させて同人をその場に転倒させ、右ダンプカーの右側後輪で轢過し、即時頭蓋骨粉砕過折等により死亡するにいたらせたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
次に〔証拠略〕を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、被控訴人は木原砂利産業、壬生砂利工業株式会社などの名称で従業員相当数を雇い入れ、砂利の採取販売を業とするものである(このうち被控訴人が砂利の採取販売を業としていることは当事者間に争いがない)。訴外野口誠は自動車運転の免許を有しないものであるが、昭和四二年五月八日ごろ被控訴人との間で、砂利採取の作業に従事するために雇われ、右作業を行なうについては自己所有のダンプカーを持ち込み、これを使用運転して砂利運搬をすること、野口は運転免許をもたないため右砂利運搬の作業は砂利採取場構内に限ること、ダンプカーは採取場構内に保管し、燃料はすべて被控訴人が提供すること、野口およびその妻子は採取場構内にある飯場内に他の従業員とともに居住すること、賃金はダンプカーの使用料を含め、実働回数に関係なく一日五、〇〇〇円を毎月一〇日の勘定日に支給することとの約定で被控訴人に雇われ、その頃より引き続き右約旨にしたがつて稼働していた(したがつて、本件事故当日まで一回も賃金の支給を受けておらない)。本件事故のあつた日は事業所の休日であつたが、被控訴人は同日午前八時頃野口ら住込みの従業員に対し故障中の砂利採取機の修理を命じたため、野口らは同日午後五時頃までその作業に従事した。右作業終了後、被控訴人は野口らにビール数本を提供したので、野口は他の従業員とともにこれを飲んだ後、内妻森川慶子の制止するのも聞かず、当日来訪していた実妹野口三津子をダンプカーの空車に乗せ、これを自ら運転して同女を実家に送り届ける途中本件事故を惹起したものである。以上の事実を認定することができ、これに反する当審証人野口誠の証言は前示各証拠に対比したやすく信用することができず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
右の事実によると、本件ダンプカーは訴外野口誠の所有に属するものではあるが、同人が右ダンプカーを運転使用し被控訴人のため砂利採取の作業に従事中は、実質上雇主たる被控訴人の所有車と異なるところはなく、その使用についての運行支配とこれを使用することによる利益はいずれも被控訴人が保持しているものとみられるから、野口が右作業中にダンプカーで事故を起こしたならば、被控訴人は自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当し、運行供用者としての責任を免がれることはできない。ところで、本件事故は、野口が被控訴人の業務とはまつたく関係がなく、同人の私用を弁ずるためダンプカーを運行している際に生じたものであるが、前示のごとき被控訴人と野口との雇傭関係、平常におけるダンプカーの使用状況、野口のダンプカー運転の範囲が採取場構内に限定されてはいるが、それは単に被控訴人と野口との間の内部的制約にすぎないことなどの事実関係および自動車損害賠償保障法第三条の立法趣旨を考えあわせると、本件事故発生当時におけるダンプカーの運行は、たとえ前示のごとき事情があるにしても、客観的外形的には被控訴人のためにする運行と認めるのが相当であるから、被控訴人は右第三条の定めるところにより、前記運行によつて生じた本件事故の損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。
二、そこで進んで控訴人らの蒙つた損害額について検討する。
(1) 逸失利益
〔証拠略〕によると、亡鈴木一は本件事故による死亡当時五四才で、職人三、四人を使用して大工職を営み月収七万五、〇〇〇円程度を得ており、また、控訴人方では右一の稼働収入とは別に、控訴人タケが中心となり家族の助力を得て農業を営み田畑一町三反五畝を耕作していたから、亡一の大工職による収入のうち金四万円程度を生活費にあてていたため亡一の純収入が一か月金三万五、〇〇〇円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。してみると、亡一の平均余命が一九年余であり(厚生省発表・第一二回生命表参照)、同人の健康状態につき格別の主張立証のない本件にあつては、同人は今後少なくとも一〇年間にわたつて前記純収入を得るものと推認され、その一〇年間の総計は金四二〇万円となり、これを亡一の死亡時に一時に請求する場合、その額をホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して算出すると、控訴人らの主張するとおり金三三三万六、八七八円(円位未満切捨、以下これに同じ)となり、これが亡一の本件事故により得べかりし利益である。しかして、控訴人らは本件事故によりすでに金一五〇万の保険金を受領し、これを右利益の一部に充当したと自認するから、その残額は金一八三万六、八七八円であり、同額の損害賠償請求権が存在し、これを亡一の相続人たる控訴人らが法定相続分にしたがつて相続するところ、後述のとおり控訴人タケは亡一の死亡時における妻であり、その他の控訴人三名はその嫡出の子であるから、控訴人タケは前記残額請求権の三分の一である金六一万二、二九二円を、その他の控訴人三名はそれぞれ右請求権の九分の二である金四〇万八、一九五円を承継したものというべきである。
(2) 慰謝料
亡一が本件事故により不慮の死を遂げ甚大な精神的苦痛を受けたことは明らかであり、これに同人の年令、職業、家族関係その他一切の事情を勘案するときは、その慰謝料は金一五〇万円をもつて相当とし、これを前記法定相続分にしたがい控訴人タケは三分の一にあたる金五〇万円を、その他の控訴人三名はそれぞれ九分の二にあたる金三三万三、三三三円を相続によつて承継した。
〔証拠略〕によると、控訴人タケは大正九年七月一一日生れ、亡一死亡当時における妻、その他の控訴人三名は亡一の嫡出の子であり、控訴人久男は昭和二二年一二月一日生れ、高校卒業後国鉄に勤務しており、また控訴人栄子は昭和二五年三月三一日生れ、控訴人和枝は昭和二七年六月三〇日生れの未成年者であつて、母タケの親権に服していることが認められる。亡一が本件事故により急死し、その妻ないし子である控訴人らが多大の精神的苦痛を蒙つたことは明らかであり、これに前示のごとき亡一との身分関係その他一切の事情を考慮するときは、その慰謝料は控訴人タケについては金四五万円、その他の控訴人ら三名についてはそれぞれ金三五万円をもつて相当とする。
(3) 弁護士費用
〔証拠略〕によると、控訴人らは、被控訴人が本件事故につきその責任を否定し、任意に被害弁償に応ずる態度を示さなかつたため、弁護士大貫大八、同大貫正一に事件処理を委任し、本件訴を提起したが、そのため控訴人鈴木タケは控訴人ら全員の代表として右弁護士に対し昭和四三年一月一七日着手金七万円を支払い、将来勝訴のときは認容額の一割を報酬謝金として支払う旨を約したことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。しかして、右の事実に本件事案の内容、審理の経過、認容すべき損害額など一切の事情を斟酌するときは、本件事故と相当因果関係のある損害として被控訴人に弁護士費用を賠償せしめるべくその金額は、控訴人タケに対する分を金一六万円、その他の控訴人らに対する分をそれぞれ金一〇万円と認めるのが相当である。
三、以上の次第であるから、被控訴人は、(A)控訴人タケに対して、前示逸失利益六一万二、二九二円、慰謝料合計九五万円、弁護士費用一六万円、以上総計一七二万二、二九二円および(イ)右逸失利益、慰謝料合計一五六万二、二九二円に対する本件事故発生後の昭和四二年六月五日から、(ロ)右弁護士費用一六万円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年二月一日からそれぞれ完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、(B)その他の他の控訴人三名に対して、それぞれ前示逸失利益四〇万八、一九五円、慰謝料合計六八万三、三三三円、弁護士費用一〇万円、以上総計一一九万一、五二八円および(イ)右逸失利益、慰謝料合計一〇九万一、五二八円に対する本件事故発生後の昭和四二年六月五日から、(ロ)右弁護士費用一〇万円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年二月一日からそれぞれ完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるところ、右控訴人三名は右債権のうち金一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年六月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払いだけを求めている。
よつて、控訴人タケの請求は右に説示した限度において理由があり、その余は失当として棄却すべく、その他の控訴人三名の請求は(前記逸失利益、慰謝料およびこれに対する遅延損害金のみですでに請求金額を超過することが明らかであるため)全部理由があるのでこれを認容するのが相当であり、これと異なり控訴人らの請求全部を棄却した原判決は取消しを免がれず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九三条、第九二条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。